
「なんで立候補しようと思ったの?」
写真の演説会の後に本日おこなったトーク集会でも質問されました。
それには、まず私が共産党のスタッフとして働こうと心に決めたことを
お話ししないといけません。
忘れもしない1995年、入党した翌年の阪神大震災の時のこと。
当時神戸市内で避難所長を務めていた筒井さんという共産党の神戸市議は、
全国ネットのテレビインタビューの際、自分の名前すら言わず、
避難所で食べていた冷たいお弁当をうつし、
「これが避難所の実態。いま足りないのはあたたかい食べ物、オムツとミルクです」
とその一言だけ全国に発信したのです。
翌日からカップラーメンや炊き出しのボランティア、赤ちゃん用品が
避難所に集まり始めたことはいうまでもありません。
ものすごく感動しました。だって他党の議員のなかには、作業服を着て写真をとって
「私はボランティアしています」というポーズだけで帰る人もいたのですから
数少ないテレビ出演の機会を自分や党の宣伝ではなく、
被災者のために最大限活用する「これこそ本物の政治家だ」
「この党を大きくして政治をかえることは価値ある人生なのではないか」
と、そのとき心に決めました。
昨年の3.11のときも陸前高田の及川議員が、非難誘導の先頭に立ち、
自らは命を落とされました。。。
年金は消費税の支払いにあてている文房具屋さん、
半世紀つづいた呉服屋さんは、銀行から貸しはがしにあい、
土地と建物を担保にとられ、この夏に廃業。
89才の夫が認知症で86才の妻の介護をしているという家庭。。。
ここ東京だって、まさに政治的災害の被災地ではないか。。。
国民の苦難を軽減する
――共産党がいまからちょうと90年前に党をつくったこの精神こそ
、いま政治の舞台でもっとももとめられている。
私がどこまでできるかわからないけど、マジメに働き生きる国民が大事に
される社会つくるために、立党の精神いかす政治をやりたい。
これが私の決意の第一です
(つづく)